その山を見上げて

読書と思考を積み上げていきます。

『歴史とは何か』──歴史は歴史家の主観がつくる

「歴史を学ぶ人の必読書」とされている本です。

かなりの難書ではありますが、「歴史」の捉え方を考えるうえで避けては通れない本であることは間違いありません。

今回は『歴史とは何か』に挑戦し、この本から何を学べるか考えてみようと思います。

書籍情報
『歴史とは何か』の書影
『歴史とは何か』
著者
E.H.カー
訳者
清水幾太郎
出版社
岩波書店(岩波新書)
発行日
1962年3月20日
※書影は出版社公式サイトより引用
目次

この本について

どのような本か

「歴史」というテーマを基に、

  • 歴史と歴史家の関係
  • 歴史と社会の関係
  • 歴史と化学との関係
  • 歴史の捉え方

といった内容について、様々な歴史家の「歴史に対する見解」「歴史研究に対する見解」を引用しつつ論じられていきます。

どんな人に向いているか

  • 歴史を学んでいる方
  • 「歴史に詳しい」と思っている方

私的要点

  1. 1

    歴史は歴史家の主観で選び抜かれ、解釈されたものであり、「本当の事実」とは言えない。

  2. 2

    歴史家もまたその時代の社会的・歴史的な価値観を通して歴史を見ている。歴史家もまた歴史の中で生きる一個人である

  3. 3

    歴史の解釈はその時代の社会がゴールとして目指す”未来”とともに変化していく

所感メモ

本書を選んだ理由

冒頭にも書きましたが、歴史を学ぶ人が必ず読むべき本とされているようです。

本書は、マルク・ブロックの『歴史のための弁明』と並び、またリチャード・エヴァンズの『歴史学の擁護』とともに、歴史と歴史学を考えるすべての人が再読すべき基本的なテキストとされる。

Wikipediaより引用

歴史とは何か - Wikipedia

私は特に学術的に歴史を学ぼうとしているわけではありませんが、最近世界史や人類史に興味を持って何冊か本を読むようになったため、一度本書に挑戦しようと思った次第です。

感想

まず、刊行が1962年ととても古いこともあり、中々の難書に感じられました。

しかし、「難しい」というよりは「回りくどい」と言ったほうがいいかもしれません。これは知識が足りないというよりは、時代性の違いや翻訳が挟まっている影響なのかなと思います。

  • 時代が違う
  • 文化が違う
  • 見ている方向性が違う

こういった根本的な差異なのかもしれないと思います。

そのため、「出てくる内容を調べていこう」というよりは、「普遍的な考えを掬い取っていこう」というような方向性で読む進めました。

歴史を学ぶ心得?

本書の「主要な主張その1」にして、個人的に一番持って帰りたい内容でした。

そもそも歴史を教わる際にも「現代を生きる私たちから見ると~」という様な枕詞がついて見解が示されることが多々ありますよね。

しかし、「歴史とは」という根本的なレベルでも「現代の私たちから見ると~」が適用されているという認識はありませんでした。

該当部分を引用してみます。

「歴史とは何か」という問題に応えようとする時、私たちの答えは、意識的にせよ、無意識的にせよ、私たちの時代的な地位を反映し、また、この答えは、私たちが自分の生活している社会をどう見るかという更に広汎な問題に対する私たちの答えの一部分を形作っているのです。

『歴史とは何か』P.3より引用

この上なく回りくどい書き方ですが、

私たちは自分たちの社会の価値観を通してしか歴史を見られない

という解釈で良いでしょうか?

この本が「歴史を学ぶ人の必読書」とされている理由がわかるような気がしますね。

  • 現代人は現代人の目で見ている
  • 歴史家はその人の生きた時代の価値観で書き残している
  • 歴史上の人物はその人の生きた時代の価値観で行動している

これを前提として持っているかどうかでかなり歴史の見え方が違いそうです。少なくとも歴史を「読んだ」上で「どう捉えるか」は変わってきそうです。

もう一つ、歴史を学ぶ上で重要な考え方を引用してみます。

ですから、歴史家は厳格な裁判官であるという考え方はやめることにしましょう。

そして、過去の個人に対してでなく、過去の事件、制度、政策に対して道徳的判断を下すという、もっと難しくはありますが、もっと有益な問題に転ずることにしましょう。これは歴史家にとって大切な判断であります。

『歴史とは何か』P.113より引用

先述の通り、歴史上の人物はその人が生きていた社会の価値観を基に生きています

それを現代のわれわれの価値観で「裁く」という様な事は意味がないのでやめましょうということですね。

確かに、歴史を学んでいて「こいつがこんなことしなければ…」という怒りがわいてくることはありますが、その怒りを発散したところで意味はない。

  • 歴史はその時代の価値観が反映されている
  • 歴史上の「個人」を裁くのはやめる

確かにこれだけでも「歴史」との付き合い方として持っておくべき前提条件というべき内容ですね。

新しい技術の登場に際して

歴史上、革新や新しい発明と同時に犠牲は避けられませんでした。

その「事実」を捉えればいいのか、考えさせられる文章がありましたので引用してみます。

(前略)どんな発明にしろ、どんな革新にしろ、どんな新技術にしろ、歴史の流れのうちで発見された限り、肯定的な面とともに否定的な面を持っていたということです。いつでも犠牲は誰かが払わねばならないのです。

(中略)

現在は技術上および科学上の革命の結果、社会のあらゆるレベルにおいて理性の使用の増加が私たちに強制されているのであってみれば、これは甘い夢ではありません。すべての歴史上の大きな前進と同じく、この前進にも、支払わねばならぬ犠牲や損失があり、避けることのできぬ危険があります。

『歴史とは何か』P.218~220より引用

  • 歴史上の革新・発展は犠牲を伴った
  • 科学技術の進歩も同様
  • ”理性”がますます重要になる

引用部では省略してしまいましたが、「原子力の兵器転用の結果を悔いている」人の存在にも言及されています。

技術の進歩、兵器のさらなる進化もそうですし、インターネットやスマホが発明されたことで人類が受けた影響だって当てはまるかもしれません。

情報の伝達スピードが本書の時代から格段に上昇した現代では、更に新技術の登場が人類に与える影響は大きくなっていると思います。

それに伴いその技術を「どう扱うか」を考えるうえで要求される「理性」のレベルも格段に上がっているでしょう。

しかし、先述のとおり、私たちは「自分たちの生きる社会の価値観で物事を見てしまう」わけですので、この主張が将来を憂えるような文章で書かれているのもわかるような気がしました。大変難しい問題です。

結論

  • 歴史は歴史家によって書かれるため、必ず主観や歴史家の生きた社会の価値観が入り込む。
  • 「歴史が好き」「歴史に詳しい」と思っている方は、一度本書の価値観に触れておく価値あり

発展を考える

もう少し歴史を学んでみる

本書を読んで、歴史というのは書き残してきた歴史家の主観が多分に入り込んでいるということを学びました。

そして、同時に私自身が歴史を学ぼうと本を読んだ時にも同様に、現代の価値観を基に「読み取る内容を選択している」「解釈している」ということも学びました。

それを踏まえて上でさらに歴史を学んでみたいです。

自分がそこからどんな内容を「選択」し「解釈」したか、最大限「客観的に」考えてみたいと思いました。

つまり、真の意味で

  • 客観的な歴史は無く
  • 客観的に歴史を見ることも難しい

という事実を知っておくことが歴史の見え方を変えるのか試してみたいです。

関連する読書メモ

・『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』

本書の内容からこの本を連想しました。「文脈を捉え違えると文章の解釈が変わってしまう」という様な本です。直接関係する内容ではありませんが、文章を読むことにはどうしても読み手の”主観”が入り込んでしまう、という意味では本書と似た構造を持った本だと思います。

bookandthink.com

・『サピエンス全史』『銃・病原菌・鉄』

最近読んだ人類史に関する本です。本書もまた歴史を考察した本であることに間違いははありません。本書の見解も持って一度再読してみたいと思います。

bookandthink.com

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気になった言葉

後日調査したらリンクを追加予定です。

  • 科学

ひとこと

かなりの難書ですが、歴史に興味のある方であれば一度挑戦してみる価値があると思います。

「歴史」とはどういう性質のものなのか、少しだけ理解が進んだように思いました。