生物学の本としてはかなり有名だと思います。
本書では「環世界」という概念を通じて、生物や人間の認知を分析するという考え方が提示されています。これが本書の代名詞的な言葉ですね。
今回は『生物から見た世界』を読んで、目に留まった要素を整理してみます。

- 著者
- ユクスキュル,クリサート
- 訳者
- 日高敏隆,羽田節子
- 出版社
- 岩波書店(岩波文庫)
- 発行日
- 2005年6月16日
この本について
どのような本か
ジャンル
哲学、生物学
テーマ
「環世界」問う考え方から、生物の知覚と行動を考える。
どんな人に向いているか
- 「生物」「認知」というキーワードを調べている人にはヒントになるかも
注目した要素
- 1
環世界という考え方
その生物にとっての世界 - 2
人間の環世界
我々が見ているのは「人間の環世界」でしかない - 3
個人の環世界
同じ人間のでも、結局「自身の環世界」にあるものしか見えていない
所感メモ
本書を選んだ理由
何という本だったか正確に思い出せないのですが、どこかで「環世界」という考え方が引用されているのを読んだことがありました。
生物によってそれぞれ違う「環世界」が見えている、という考え方に興味を持ったことを覚えており、その出典を知るため本書を手に取りました。
「環世界」が見えている
「環世界」…本書の中心となる概念です。
前提条件として説明の文章を引用してみます。
ここでわれわれが研究しようとする動物の環世界(Umwelt)とは、われわれが動物の周囲に広がっていると思っている環境(Umgebung)から切り出されたものにすぎない。
『生物から見た世界』P.28より引用
これだけでは意味が分からないので、超簡単に補足すると
- 生物ごとに見える(知覚する)世界が違う
- その生物にとって生物学的意味のあるものだけが見える(知覚される)
- 同じ対象を知覚するにしても生物によって「見え方」が違う
これが「環世界」の性質になります。
本当はここに「作用」という概念が加わるのでもう少し複雑ですが、概要を抑える目的なので、ここではこれで十分でしょう。
何にしても、生物によって見ている世界が違うということですね。本書の日本語版タイトル回収です。
本書の流れに沿って言うなら、生物によって知覚できる対象が異なり、その「知覚できる対象」だけに囲まれた全く違う世界に生きている、といったほうがいいかもしれません。
同じ場所で同じ方向に目を向けたとしても、自分と全く同じものが「見える」生物は存在しないということでしょうか。
そして、先程の引用部の後ろにはこういった文章が続きます。
そしてこの環境とはわれわれに固有の人間の環世界にほかならない。
『生物から見た世界』P.28より引用
我々の言う「環境」とは、「人間の環世界」でしかない。
本書の研究で言及されている内容
- ダニは「酪酸」「接触」「温度」を知覚して動く
- ゾウリムシは「障害物」を知覚して避ける
こういった例たちも結局は、「人間の環世界」の中で我々が知覚できるものを組み合わせて解釈したつもりになっているに過ぎないということでもあるのだと思います。
また、われわれの言う「環境」が「人間の環世界」でしかないのだとしたら
- 環境問題
- 環境保全
- 環境にやさしい
という様な言葉は一体何なのでしょうか?
「人間の環世界」の中で知覚できるものだけを取り上げて、自分たちの「環世界」にとって都合のいいように「世界」の現状を解釈して行動しているに過ぎないということになってしまいます。
環境問題はそれぞれが複雑に絡み合っているという話はよく耳にしないでしょうか。
サハラ砂漠を緑化してしまうと、サハラ砂漠から飛んできた砂によって成り立っていたアマゾンの環境が壊れてしまう。
という様な話です。
何かを解決したとしても、それが原因となって別の問題を引き起こしてしまうこともある。そのため、解決策を考えるのも難しくて慎重に考える必要がある。
という様な締め方をされる場合が多いですが、これも結局「人間の環世界」で知覚できない要因が絡んでくるから、でもあるのだとおもいます。
知的好奇心をくすぐる話ではありますが、とても難しいです。
「個人の環世界」
本書の最後のポイント(私見)がこの「個人の環世界」という要素だと思います。
該当部分を引用してみます。
行動主義心理学者の見る自然という環世界においては肉体が精神を生み、心理学者の世界では精神が肉体をつくる。
『生物から見た世界』P.28より引用
引用部分を切り出しづらい文章構成だったので、これだけ見ると抽象的すぎてわかりづらいですが、要は「同じ人間でも違う環世界に生きている」ということですね。
しかも、「学者」という言葉が使われているということは、同じ価値観を持つ人間の集団にとっての「環世界」もあるという捉え方もできます。
- 自然界の一部である「人間の環世界」
- その一部である「人間集団の環世界」
- 更にその中の「個人の環世界」
それぞれに知覚できる対象が異なり、対象の見え方も異なる、というのであればもう収拾がつかなくなりそうです。
意見の対立やすれ違いが起きるのも無理もないことなのかもしれません。
ここまでの流れを見ると
相手にも固有の「環世界」があることを意識して、想像を巡らせよう
という様な教訓的な締めくくりをしたくなってしまいますが、個人的に本書は生物学の本でありつつ、あまりにも哲学的すぎると思います。
そのため、本書の内容だけで教訓を得ようとするのは抽象レベルが高くなりすぎて身にならないような気がしました。
環世界論は「そういう考え方もある」として心に留めておき
- 歴史でも
- 行動経済学でも
- 脳科学でも
何か別のもっと「人間の認知」に直結する別分野との結合をもって「教訓」に落とし込む方がいいのではないかと考えます。少なくとも私は本書を「素材」としてだけ持って置く予定です。
発展を考える
「人間の環世界」をもっと知りたい
先程の話の続きですが、本書の「先」を考えるならばこれになりそうです。
本書の価値観に従えば、自分がいままで「世界だ」「環境だ」と思っていたものは、あくまで我々「人間の環世界」でしかなかったということでした。
そうなれば、やはり「人間の認知」「人間の脳の動き」こういった内容を知りたくなります。
ジャンルとしては心理学や脳科学、行動経済学といった方向でしょうか?
こちらにも少しずつ手を伸ばしていければと思っています。
関連する読書メモ
・『歴史とは何か』
これもまた、歴史は「書き記した歴史家の主観が入り込む」という様な考え方の本であり、若干スケールは異なりますが本書と似た観点だと思います。難書ですが挑戦する価値あると思います。
・『サピエンス全史』
国家、宗教、貨幣、科学こういったものを本書では「虚構」と括り、これにより見ず知らずの人間同士が協力できるようになったとしています。ある意味これも「共通の環世界を持った」ともいえるのではないかと思ったりしました。
気になった言葉
後日調査したらリンクを追加予定です。
- 環世界
ひとこと
本書も中々に難しい本でした。
専門用語が多数登場し、「専門用語を知っていたら理解しやすいのかなぁ」と思って検索しても
- 本書の要約
- 哲学的な説明
こういうものが出てくることが多く、生物学の本とは言いつつも哲学的な視点もかなり含んでいるのではないかと思いました。
先述の通り、自分もまた「人間の環世界」を見ている者の一人として、本書に続いて人間の認知について学んでみたくなりました。
同時に「環境」という言葉を今後軽々しく使うのを躊躇してしまいそうです。本書によれば、それもまた「人間の環世界」を指しているということになるわけですからね。