「捕鯨」について知りたいと思い、本書を読みました。
本書では、和歌山で明治頃まで行われていた伝統的な捕鯨についての資料を基に、日本の伝統的な捕鯨について知ることができる本となっています。
今回は『日本の古式捕鯨』を読んで、目に留まった要素を残しておきます。

- 著者
- 太地五郎作,中沢新一(著・解説),サイモン・ワーン(解説)
- 訳者
- -
- 出版社
- 講談社(講談社学術文庫)
- 発行日
- 2021年10月14日
この本について
どのような本か
ジャンル
歴史
テーマ
和歌山の伝統的な捕鯨の手法について知る
どんな人に向いているか
- 日本の捕鯨について知りたい人
- 捕鯨について考えたい人
注目した要素
- 1
和歌山県の古式捕鯨
現在の和歌山県東牟婁郡太地町にて、捕鯨が行われていた。慶長(1596~1615)以降は明確に文献として記録が残されている - 2
古式捕鯨の手法
当初は銛で突き獲る方法だったが、これでは大きいクジラを獲れないため網を使った方法が開発された。また、庶民救済という側面もあり、様々な職人が存在していた - 3
自然と直接対峙する
水の中の生物と直接的に渡り合ってきた伝統があり、農民の技術体系や社会組織を基礎として作られた産業とは異なる性質を持つ
所感メモ
本書を選んだ理由
「捕鯨」について学びたいと思い本書を読みました。
中でも日本の古式捕鯨の手法を知りたいと思い、この本を選びました。
太地の古式捕鯨
本書では、現在の和歌山県東牟婁郡太地町で行われていた古式捕鯨について、太地の鯨方のリーダーの家に生まれた太地五郎作氏が調査した内容をまとめたものです。
もとになっているのは、昭和10年に和歌山市の郷土玩具研究会の依頼によって行われた「熊野太地浦鯨の話」という公演の内容だとされていました。
太地での捕鯨がいつ頃始まったのかは明確に分かっていませんが、慶長(1596~1615)頃からは文書として明確に記録が残されており、明治初期頃まで続いていたようです。
その古式捕鯨の手法についてですが、当初は銛を使った方法で行われており、そこからさらに大きなクジラを獲る目的で網を使った方法に移行した行ったようです。
- 山見方と呼ばれる役割の人間が鯨を監視し、鯨の潮を見つけると狼煙で沖の船に合図を出す
- 沖に網船を展開し鯨を追い込む
- 網にかかったら銛を打ち込んで弱らせる
- 鯨の左右の鼻を切り通して網を通して沈まないようにする
- 太い網で吊し上げ、持双棒という太い棒に吊るし仕留める
こういった手法になっていたようです。
また、捕鯨は地域を挙げた庶民救済のための事業という側面も持っていたらしく、地域全体で様々な職人による分業が行われていたとされています。
捕鯨事業の組織と致しましては、本方と申すところがあります。これは事業の総計画を樹て、指揮命令を発し、または上司に対しての交渉等諸般の事務を司る所でありまして、各部の主任役員が常に勤務して、事業の上に支障なきよう手配をいたしておりました。
藩政時代には紀州藩が非常に力を入れられまして、この事業を助けてくれました。それはこの事業は沢山の人員を使役しなければなりません。幾百人という漁夫を使役し、その他大工、鍛冶、雑用等多数の人夫を要しますから、庶民救済の事業といたしましても、また万一戦争でも起こるとすれば、たちまち水軍の用に役立つということになります。それで藩としては、捕鯨事業について非常に力を入れられたのであります。それでありますから、もし捕鯨が少なく収支のつきにくい時には半から救助資金がお下げ渡しになり、それでやっていたことも時々あったようであります。
『日本の古式捕鯨』熊野太地浦捕鯨の談より引用
こういう表現が適切かは分かりませんが、この時代では捕鯨は地域全体を支える大切な産業であり、組織構造が水軍にも流用できる可能性を持っていたため藩との利害も一致していたということだったようです。
これは立派に地域の伝統といえる事業だったのだと思いました。
自然との対峙
続いては本書の解説部分で扱われいた内容です。
今回の古式捕鯨に関する内容を通して、捕鯨がその他の産業と異なった要素を持っているとされていました。
該当部分を引用してみます。
捕鯨体系の内奥に戦争機械が組み込んであるのは、それが海民の文化伝統の中に形成されてきたことと深い関係を持っている。海民は「海の狩猟民」として、水中生物の世界と向かい合ってきた。彼らは網や釣竿を用いて、水の中で生きている生物と「直接的に」渡り合ってきた伝統を持つ。とくに鯨のような巨大生物を捕獲しようとしたとき、その直接性は激しい戦闘となって現出せざるをえない。そこで戦争機械の原理が発動するのである。このような「狩猟」は人間世界での戦争とひと続きであり、じっさい海民出身の武士団はしばしば水軍を組織して活躍している。
これにたいして、「ものづくり」マニュファクチュアの多くは、米作りをおこなう農民の技術体系や社会組織などを基礎として形成されたものである。
(中略)
農民の技術体系には、天候や害虫との戦いはあっても、戦争とはほんらい無縁である。
(中略)
ここに、日本産業史における古式捕鯨のユニークさがある。それは非農業的マニュファクチュアの構造を内奥の中核とし、そのまわりを農業型ものづくりマニュファクチュアで包み込んだ二重構造をして出来上がっている。日本の海民はもともと「半農半漁」の生活形態をとってきた。その生活形態の二重構造が、内奥に戦争機械を組み込んだ独特の産業体系として表現されたところに、古式捕鯨の様式が生まれたとも言える。
『日本の古式捕鯨』P.149-151より引用
これによると捕鯨は鯨という自然の中の巨大生物との「直接的な対峙」という要素をもった産業であり、農業を起点に発展してきた産業とは一線を画するものであるということのようですね。
「産業の在り方」という考え方をしたことがなかったため新鮮に感じました。
反捕鯨の立場の方の意見でも「伝統的に行われてきた捕鯨であれば、まぁ…」というものは見たことがありますが、単に伝統の保存という他にこういった要素を残すという意味合いも含むのかもしれないと思いました。(違うかも?)
ただ、現在行われている捕鯨はどうでしょうか?引き続き調べてみたいと思います。
発展を考える
房州のツチクジラ漁についても
今回は和歌山県の太地での捕鯨に関する内容でした。
もう一つ千葉県の房総半島での捕鯨も有名ですので、こちらについても調べてみたいと思います。
太地では銛による漁法から網による漁法に移行していったようでしたが、南房総市の公式サイトによると、房総では銛による「突き取り法」と貫いていたとされていました。
引き続き日本の伝統的な捕鯨について調べてみたいと思いました。
関連する読書メモ
・『クジラから世界を考える』
立場的には完全に反捕鯨の本だと思います。世界的に鯨類の捕獲、飼育、展示をやめる動きが活発になっており、日本が頑なに調査捕鯨を続けようとする現状を批判する内容となっています。同時にクジラの生態について触れられるため、クジラの生態についても触れられるため入門書のように読むこともできると思います。
気になった言葉
後日調査したらリンクを追加予定です。
- 戦争機械
ひとこと
古式捕鯨の歴史とその評価を扱う本でした。
1冊目であることもありとても興味深く読めました。もう少し継続して調査してみたいと思います。